とかげのたからもの

バンドが趣味の育児中会社員です。音楽鑑賞とジョジョとレミゼラブルが好きです。

いだてんとフェミニズムの話

もののけ姫に続いて今度は大河ドラマ。視聴率的には不発に終わった宮藤官九郎の「いだてん」。

これホントおもしろくて、毎週録画して3回ずつは観てた。

特に第一部終盤から第二部にかけてが神回が多く見どころ満載。

その中でも私がジェンダー的に一番グッときた回というのが第一部第21回「櫻の園」・第22回「ヴィーナスの誕生」・第23回「大地」の3回。

いだてんはその時その時でフィーチャーされる登場人物がいて、この3回は女子体育の黎明期を描いているので村田富江をはじめとした体育に目覚める女子学生たち、就職・結婚・出産というライフステージを乗り越えて陸上競技を志した増野シマ、という女たちが主人公。物語の主人公である金栗四三は女子学生たちの教師を務めている。

 

まずは女子学生たち。

赴任してきた金栗が体育やろうばい!と押し進めるのを「日焼けすると嫁のもらい手がなくなる」と最初は嫌がるのだが、金栗の泣き落としにより一回だけの約束で槍投げに挑戦、身体を動かす面白さに目覚める。

この時の彼女たちのセリフがかわいい。

友達の方が自分より飛んでムキになり、「もう一度!今度は片手で投げますわ!」とか「溝口さんより飛びましたわ!ご覧になりました!?」とか、無邪気に喜ぶのがすごくかわいい。そして最後にリーダー格の村田がたすき掛けをし、普段の鬱憤を込めて「くそったれぇっ!」と叫びながら遥か遠くへ槍を投げる、という構成。なんかこう、スカッとする。

金栗がその女子学生たちに「シャンナイ(美人がいない)なんて言いたい奴には言わせとけ、お日様の下で身体を動かして汗をかいたら、誰でもシャン(美人)になるとばい!」と呼びかけ、女子学生は体育にのめり込んでいく。

 

最初はテニス。フランスの選手のユニフォームを真似て作って評判になるが、ここはまだ物珍しさと可愛らしさによる評判で、アイドル的な評価でしかない。

次は陸上。陸上に転向した理由も「キレイな脚になりたい」というミーハーなものだがそれはそれでかわいい。

陸上の全国大会で、新調した靴が少し小さく、村田が履いていたタイツを脱ぎ捨てて素足に靴を履き、見事優勝。でもタイツを脱ぎ捨てたことが「はしたない」として文部省まで乗り出す大問題になってしまう。

この時の村田父に対する金栗の反論がまずグッとくる。

タイツを脱いで何が悪いのかと問う金栗に村田父は「好奇の目に晒されるからだ!」と当然のように言うのだが、それに対し金栗は「そりゃ男が悪か!女子にゃ何の非もなか!女子が靴下ば履くのではなく、男が目隠しばしたらどぎゃんです!」と怒鳴る。ホントこれすごいセリフだなーと思う。男がヤらしい気持ちになるから女が慎ましくしなきゃいけない、というのがそもそもおかしいよねと。極論すれば男が自分を律すればいい話なんだもの。

現代でも、女が痴漢やレイプに遭った際に「だらしない格好してたからだろ」とか「もっと自衛しなきゃ」とか、なぜか女側を責める意見が出るのがおかしいと思ってた。100%犯人側が悪いのに、なぜか女を責める論調が根強く残ることに違和感があったけど、この金栗のセリフでこーいうことかぁと納得した。このセリフを男のクドカンが書いてるというしなやかさ。すごいなぁクドカン

 

村田の父はPTA会長的な保守的な人で、署名まで集めて金栗をクビにしようとする。村田たち学生はそれに反発して教室に立て篭る。この際の学生と教師の言い合いがひたすら平行線でおかしい。すこし長いのでちょっとシナリオ集から引用を…。中に出てくる「パパ」は村田父のことではなく金栗の愛称。

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脚を出すのは女らしくない、そもそも女は走らなくていい、という決めつけに反発する女学生たち。だったら男らしさは女に決めさせるべき、あんたたちは男らしくない、とばっさり切って捨てるのがスカッとする。何度も言うけどこのセリフをクドカンが書いてるすごさ。

このあと村田父も参戦し、ほんとに女は男に勝てないのか勝負だ、ってことで村田親子による短距離走で決着をつけることになるのだが、ここはまあお約束というか村田父ざまぁという感じに落ち着く。

このあとドラマの中で時代が動いて、当たり前のように女子が体操着や水着を着て競技に出場するようになる。第二部で活躍した前畑秀子人見絹枝がそうだが、この人たちの活躍の手前には、運動することそのもの、動きやすい格好をすることそのものを否定された人達がたくさんいたってことがここで分かって胸が熱くなる。文字通りスタートラインにも立たせてもらえず、自ら立とうとも全く思えなかった人達が、少しずつ声を上げて少しずついろんなことを変えていってくれたおかげで、現代の私たちは当たり前のように好きな部活を選んだり休日にランニングしたり、才能があればオリンピックを目指したりできるようになった。

スポーツだけではなく、きっとギターを弾くことも将棋を打つことも難しい本を読むことも自転車や自動車を運転することも仕事を持つことも、最初は「女らしくない」と否定された人がいて、それを少しずつ打ち破ってくれたおかげで私たちは今平気な顔でそれらをやってみることができる。それってすごいことだなって思う。

 

というわけで女子学生編に続き今度は増野シマ編。

シマは元々、三島家という名家に勤める女中だったが、三島家次男の三島弥彦がオリンピックに出場することになり、スポーツへの興味を持つ。

その後女中を辞め教師となり、金栗と同じ女学校に勤め、自らも陸上競技を目指してこっそりトレーニングする傍ら、学校では女子体育を普及しようとするが堅い偏見を前になすすべなし、のところへ金栗が現れ、上記の流れで女子体育の黎明期に臨する。

無邪気に体育にのめり込む学生たちとともにランニングをする楽しい日々だったが、縁談が舞い込み見合いを余儀なくされる。陸上競技も仕事も面白くなってきたタイミングの縁談をシマは断ろうとするが、見合い相手の増野が理解ある男性で、陸上も仕事も続けてほしいと言われ結婚を決意する。この時の増野のセリフが秀逸。

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子供連れて応援に行きます、のところがいいよね。当然自分が子供の面倒を見る、と言っているわけだし。

この場面、実はシマの孫だと後々判明する落語家五りんが落語の噺として話しているのだが、思わず泣いてしまうというオマケがついている。祖母が祖父に大事にされていたことが分かって嬉しくて感極まってしまうというのがまたグッとくる。増野は「もうそんな時代じゃありませんよ」といっているけど、そんな時代だったんだと思う。なんなら現代だってそうじゃない人もいるかもと思うくらい。男も女も、結婚や育児や介護で夢を諦めたりせず、お互いや周囲と支え合っていけたらいいのにねぇ。

そしてシマは妊娠し、陸上競技も仕事も一時中断となるが、作戦を変えて人見絹枝という陸上競技の逸材を発掘する方向で活動する。日本人離れした体格や才能を持っていながら「周りにからかわれる」という理由で陸上競技を拒否していた人見絹枝は、シマが書いた手紙により少しずつ心を動かされ、次第に頭角を表していく。そしてシマに御礼を言おうと上京するも、シマは関東大震災で行方不明になってしまっていた…。

その後、人見絹枝は日本初のオリンピック選手として銀メダルを獲るのだが、このときの回はファンの間で語り草になる神回。これはまた別の機会に語りたい。

 

シマは自分は道半ばで倒れたものの後世にタスキを繋いだ。

こういう人達がいたことに感謝しつつ今をもっと良くしていきたいものですね。