2/1、the pillowsという邦楽ロックバンドの解散が発表されており。思い入れが深いバンドなので衝撃を受けるなどした。衝撃というか、最初は「しばらくお休みすんのかな?じいさんだからねぇ」とか思ってたけど、声明文とかちゃんと読むと、二度とピロウズの名前では活動しない決意的なものが見えて衝撃となった。とりあえず気持ちの整理のために記載。
私とピロウズの出会いは20年ほど前、TSUTAYA熊本上通店という大きなTSUTAYAでいつも CDを借りていたのだが、ある日店員のリコメンド棚にピロウズのFool on the planetが置いてあり、何の気なしに手に取ったのであった。
で何となくiPodに入れたままになってたけど、ある日大学に行く時にiPod入れたら、アルバム一曲目の「Fool on the planet」のイントロが流れて、めっちゃかっこよくてえっ何これ?となって立ち止まってタイトルを確認したらピロウズだった。
今思うとこのアルバムはベスト盤なのだが、ピロウズは毎回ベスト盤の一曲目にベスト盤のタイトルと同名の新曲を入れるという謎のスタンスでやってて、その一発目がこのアルバムだった。
なんだかすごくゆったりした良い曲だなーーと思ってこの曲を繰り返し聞いたあと、同じアルバムの他の曲を聴きまくって、さっきのTSUTAYAに他のアルバムを全部借りに行った記憶。友達にもピロウズの話をしまくって、10人に1人くらいの割合で「あ、ピロウズね。いいよね〜」みたいな反応をもらう的な感じだった。バイト先の無印の先輩が「オレはninnyがめっちゃ好きじゃ」と言っていたのがすごく印象に残っておる。その時点でninnyはまだ知らなかったのだがめっちゃ良い曲。
そうこうするうちにピロウズが新譜を出す&レコ発ツアーをやるらしいというのを知る。それがMY FOOT。
タイトル曲の裏拍ツービートが印象的で一瞬で大好きになった。
歩いて行く両足という意味だとFOOTじゃなくてFEETじゃないの?というツッコミは心の中にあった。
でツアー、熊本には来なかったので福岡DRUM LOGOSのライブへ。コンサートとかじゃないオールスタンディングのライブってこの時が初めてだったのかも?分からんけど。思ったよりも目の前で演奏してるからめっちゃ驚いたな。あとさわおのMCが思ったより子供っぽくてわろた。あんなカッコいい曲作るのに精神年齢14歳くらいかな?と思うなどした。
もともと親の影響でギターのコード弾きはできたので、ピロウズの曲弾いてみたくてググったけどその時点ではバンドスコアとか出てなかったんよなー。外国人のファンが耳コピしたコードのページとか見ながら弾いてみたりしていたけど、折よくピロウズ初のバンドスコアが発売になるというのを耳にした。
即購入し、家のエレアコで端から弾いてみて悦に入るなどしていたが、バンドスコアということで「バンドでやったらどうなるんだろう?」という興味が日に日に増していったのであった。
ここからの経緯はなにかアタマに霧がかかったようで正確に思い出せないのだが、同じ大学でメンバーを集めてピロウズコピバンを組んだ記憶。最初にKねこさんというギターが上手で風貌もぴーちゃんに似てる院生の人と知り合って、ギター教わるテイで2人でスタジオに入った記憶。私はエレアコしか持ってなかったので当時の彼氏のエレキギターを借りていった気がする。でKねこさんのツテでドラムとベースに入ってもらって、自分はギターボーカルでバンドを組んだのだった。市の施設みたいなところでほぼ無料でスタジオ借りれたからそこで練習してたなー。
最初は↑のバンドスコアの中から曲を選んで、ride on shooting starとかやった。これサビのバッキングが微妙に難しくて最後まできちんと弾けなかったなー。
あとはKねこさんが耳コピしてくれてスコアに無い曲もやった。耳コピという概念を知ったのもこの時だったなー。
ヤングスターはAメロとサビのリズムが♪ズーン!ズズーン!ズズーン♪って感じで食い気味に入るから、歌いながら弾くとギターに歌が釣られそうになって苦労した。
結局このバンドでライブはできなかったなー。でも私が「バンド名を決める」という行為に憧れていたのでメンバーが付き合ってくれてバンド名だけは決めた。なんか決めてる時にベースの子の財布が突然ぶっ壊れたので「Broken Coin Cace」という名前にした気がする。略してBCC。ダサすぎんか?でも満足した。
ドラムの子が素朴な感じの男子だったけど、GOOD DREAMSというけっこう地味なアルバムが一番好きっす!と言っていて人は見かけによらないなーと思うなどした。
そんで私の声だとピロウズの曲はキーが低いなーとなり、でもKねこさんのポリシー的にキー上げはヤダな、となって、Kねこさん提案によりnoodlesのコピーを始めたりした。noodlesの存在は知ってはいた記憶。metropolisというアルバムが出たタイミングだったので、そのアルバムから何曲かやったな。
そして大学卒業とともに上京。最後のスタジオの折にKねこさんがサニーデイサービスのCDをくれて(この流れでピロウズじゃないというのが奇なり)、「東京行っても頑張ってね」みたいな手紙もくれたのが嬉しかった。
さて上京。上京の折に会社の内定者の集まりで同期のマウンティング女子に心折られたというのもあり、なかなか東京モンに心を開けず悶々とした週末を過ごしていた。バンドやりたいなーと思ってもギターボーカルじゃ需要的にバンド組みづらそうだなーと考え、戦略的思考でドラムを始めた。元々熊本でのバンドの休憩時間に楽器を交換して遊んでいる時に、ドラムけっこう叩けるじゃ〜んみたいなひと幕があったこともあり、ベースかドラムならドラムかな〜と思っておったのだった。ヤマハかなんかのドラム教室に通うも、グループレッスンだったので全然ヘボいところでずっと引っかかってるおじちゃんを待つ時間 とかがイヤになっちゃって、習うより慣れろじゃね?と思い、ネットでドラム募集の記事を見つけ応募。今思うと全然叩けてないのによく入れてくれたなって思うけど入れてくれたので、このRコポロというバンドでバンド活動を開始した。
Rコポロで初めてライブに出たんよなー。ライブめっちゃ楽しいじゃんってなった。最初にやった&よくやったのは空中レジスター。
この曲聴くともはや我らの曲では?と思ってしまうほどライブでやったなー。ピロウズの何十周年かの記念でピロウズの曲のコピー動画を撮って送りたまえみたいなやつに応募した時も1回目はコレにした気がする。
2回目開催があったのでその時はビーハイブという曲にしたんよね。長いから2番カットしたような記憶。
RコポロのライブのSEは、タワレコの何十周年かなんかでピロウズとベンクェラーがコラボした曲。イントロがなんか「はっじまるよー!」って感じがして好き!
Rコポロはだいたい池袋のマザーハウスというスタジオで練習していたのだがある日、メンバーみんなでロビーで休憩してスタジオに戻ろうとしたらどこかのスタジオから聞き覚えのある曲が聞こえた。「これMY FOOTじゃね?!」となり、のボーカルのJぇにさんと一緒にそのスタジオを突き止め、どちらかというとめっちゃ向こう見ずのJぇにさんと共に突撃したのであった。その時スタジオにいたKだまっちとは今もみんなで遊んでいるけど「あの時は驚いた、メンバー誰かの友達かと思ったら違ったから変質者だと思った、入場の仕方のトリッキーさからして間違いないと思った」と今も繰り返し言う。後にKだまっちともピロウズバンド組んで一回だけライブやった。
この時期は他にもピロウズ限定DJイベントでDJやってみたり、ピロウズ限定セッションに出たり、なんなら主催したりしていた。
上京してしばらくしてピロウズ20周年の武道館があり、会社帰りに駆けつけた。営業の仕事が全然うまくいかん時期だったんだが、「雨上がりに見た幻」の♪全てが変わるかもしれない〜♪のところが頭によぎったりしていたのでライブで観て泣いた記憶。
ピロウズのライブも定期的に行っていて、Rコポロみんなで行った時もあったしフェスで観たときもあった。アラバキに行った時に全然別のバンドのライブ見てた際、ふと隣を見たら普通にさわおが腕組んでステージ見てたことがあった。その時横にはRコポロボーカルのJぇにさんがいて、ちょっと!さわおいるんだけど!ってなってアワアワした。どーする?!声かける?!ってなったけどライブ中は迷惑じゃね?となり、ライブ終わったら声かけよう!となって残りのライブは心ここに在らずで観ていたのだが、ライブが終わるちょっと前にさわおが楽屋方面に向かって歩き始めちゃって、Jぇにさんと泡食ってとりあえずさわおの背中を追いかけた。で追い越して回り込んだ。回り込んだはいいけどアタマがパーになっちゃって、突然回り込んできて無言でいる奴 みたいになっちゃって、一瞬変な間があいたのだが、こちらの様子を見てオレのファンなのかなって察してくれたさわおが無言のままサッと右手を差し出してくれたので我に返り、その手を握って「ファンです!コピバンやってます!頑張ってください!」と大声で言ったらさわおは「ありがとう」と言ってくれたのであった。このあとJぇにさんも握手してもらって何か言ってたけどまたアタマがパーになってたからなんて言ってたのか覚えてない。間違いなくこの時が人生で一番さわおに近づいた瞬間であった。だって触ってたもん。
RコポロはJぇにさんの引越しもあり解散した。ギターが何人か交代したのだが最後のギタリストと後に結婚して今に至る。奇なり。
結婚パーティーでは旦那が昔からのバンド仲間と、ピロウズの「パトリシア」を演奏。照れちゃうね。
子ども産まれてからはドタバタしていてバンドやったりピロウズの音楽をゆっくり聴くという時間はあんまりなくなってきた。でも仕事きっついときはfunny bunnyを聴いてもうちょっと頑張ろっかなと思ったりしてる。
子どもたちに「カッコいい曲かけて」と訊かれて思いつくのもピロウズの曲だったりする。
スリーピーヘッドはベースのイントロが「おならみたい」って言われて憤慨したけど…いやめっちゃカッコいいからね?!
ピロウズのバンドはなくなったけど、東京で始めたnoodlesコピバンはずっと続いてきたし、不定期にミッシェルやQueenやコレクターズのコピバンをやってきて、友達いっぱいできた。全部ピロウズのおかげだなって思う。
ピロウズ解散って聞いて「まあ休み休みのんきにやってくのかな?」とか思ってたけど、さわおの声明見て、もう二度とピロウズの名では活動しないという強い意志が感じられてショックだった。ずっとあると思ってたものが無くなるというのが衝撃だった。去年チバが死んだけど、死んでなくても無くなるってことがあるんだなって思った。正直「なんで?」の気持ち強いからあんまり納得できないけどなんかラジオとかで話したりするのかな?35年やってきてもう今さら解散せんでもいいじゃんと思う気持ちと、35年やってきてじいさんになってきても、彼らは生身のバンドマンだったんだなっていう気持ちが両方ある。
ハタチくらいからアラフォーの今まで20年近く、気づかなかったけどピロウズは私の傍らにいた、と気づかされてしまったのだった。なんだか悲しいけど「悲しい」とはまた違う感情の気がする。お疲れ様とも思うけどイヤちょっと待って?の気持ちの方が強い気がする。
とりあえず今日はこんなところ。ピロウズ、一生好きだぞ。


![the pillows[ザ・ピロウズ] /Best Collection (バンド・スコア) the pillows[ザ・ピロウズ] /Best Collection (バンド・スコア)](https://m.media-amazon.com/images/I/51a8XScIkGL._SL500_.jpg)