映画が評判いいらしい「ある男」の原作を読み終えたので感想。
【警告】これより先は(ネタバレを含むので未読の人は)読んではいけない
平野啓一郎の本はたぶん初めて読んだのだが、クセ強めだけど引き込まれて一気に読んでしまった。やっぱ小説を読むならこういう、筋を追うだけじゃなくて心理描写が濃厚なやつ好きだなー。
心理描写もだし、セリフが秀逸だった。自然な口語体というか、読んでるうちに本当にその人物が肉声で語り出すのが聞こえてくるような、自然な言い回しで書かれてて、そこが良いなぁと思った。なんか、人間ってそんな立板に水みたいにすらすら喋らないんだよねぇ普通。ましてやしゃべりにくいことを吐き出すみたいなときって、詰まりながらだったり、自分で自分の言葉を補足しながら喋るのがふつうなんよな。それがよく表現されてて、読んでいて気持ちよかった。なんか一番それを感じた、マコトのボクシングジム時代の同輩のセリフを引用。
「本人は、うっかりしてて、とか言ってましたけど、よく覚えてないらしいんだよね。うん。……まあ、大の大人が、うっかり落ちないでしょ。柵もあるし。……俺はでも、マコトは死にたかったわけじゃないと思うんですよ。なんかもう、どうしようもなくなって、何もかもから逃げ出したかったんじゃないですか?怪我して、新人王決定戦はもちろん、パーですけど、本人もどっか、ほっとした顔してましたし。」
「会長さんは、何と?」
「会長もショックでねぇ。……ジムでも久しぶりにプロが出たとこだったし。マコトは謝りましたけど、そのあと、退院したら姿を消しちゃって。会長はそれで、自分をすごい責めて。ーー今はもう元気ですけど、結構長いこと、鬱だったんですよ。急に今、席外したでしょ?しんどいんですよ、思い出すと多分。」
こんな感じ。なんかこの喋り手が、会長さんのことやマコトのことをどう思ってたか、どんなに心配してたかとか、どんな性格なのかとか、説明されなくてもセリフから伝わってくる感じがする。なんとなく、ちょっと粗野なとこもあるけど、常識と思いやりがあって、でもお節介なことはしないで見守ってるような、そんな人となりがセリフだけで伝わってくる感じがするよのー。なんか、小説ってこうだよなーっていうか、ラノベっぽい本を読んでモヤモヤするのは何なんだろうと思ってたのが、「キャラ付け」を言葉で説明しちゃうのがモヤモヤするんだなってこれで分かった。この人はこういう性格です、みたいのを、いかに説明しないで読み手に悟らせるかが小説の面白さなんだなーーと思った。歌の歌詞とかもそうかも。例えばラブソングで「愛してる」という言葉を使わずにどんなふうに愛を表現してるかとかが深みにつながるのかもな。脚本家の坂元裕二のプロフェッショナル仕事の流儀で、「人は他人との関係性でできてる」みたいなこと言ってたんだがそれに近いかも。人は1人では性格も何も無く、他人とどんな関係性を築くかでどんな性格なのかがあとからわかるみたいな。そーいうことなんかもなー。
純文学を久しぶりに読んだな〜って感じした。ストーリーも面白くて引き込まれる。映画もいつか観てみたいわー。