とかげのたからもの

バンドが趣味の育児中会社員です。音楽鑑賞とジョジョとレミゼラブルが好きです。

虎に翼の話

朝ドラ「虎の翼」、面白そうだと思いながらも見れてなかったのだが、意を決してNHKオンデマンドで改めて見始めた。そして鬼ハマりなう。めっちゃおもしろい。

 

【警告】

これより先は(5/31時点までのネタバレがあるので未見でこれから見る人は)読んではいけない

f:id:takki_bear:20240531074354p:image

 

 

 

グッと来たポイント、たくさんあるのだけど、思い出せる限りで書いてみる。

 

◆DV男裁判の判決

当時の民法ではどうやっても勝てないんじゃないか、と思われたDV被害者女性の裁判の傍聴にいくとらちゃんたち。多分だけど穂高先生的には傍聴人(しかも女)が多ければ多いほど裁判が原告である被害者女性に有利に進むと思ったんだろうな。とらちゃんたちは必死に頭をひねって女性を助ける論法を考えるのだが出てこない。からの〜判決はまさかの原告勝訴!理由が、民法の条文の目的に照らして、今回の被告の行動が「権利の濫用」にあたる、というもの。シビれたわぁ。。裁判官が突然の栗原英雄だったからなんかすごく期待は膨らんだよね。あと、このあと出てくる「雨垂れ石を穿つ」という穂高先生の言葉につながっていくのだが、こういう「ちょっと画期的」な判決の積み重ねが世界を変えていくんだよなー、っていう。シビれるシーンだった。これ実際の事件の判決らしい。権利の濫用といえば有名な宇奈月温泉事件とかは法学部で習った記憶あるのだが、その4年前に実際にあった事件とのこと!!すげーな。

 

◆共亜事件のてんまつ

同じく裁判シーン。とらちゃんパパが巻き込まれた共亜事件、パパは家庭にてとらちゃんたちに詰められて自白を強要されたことを独白するも、裁判でそれを申し立てろと迫るとらちゃんたちに対し、会社とかに迷惑かけたくないとつっぱねる。でもいざ被告人席に立ち、とらちゃんととらちゃんママを振り返り意を決して「すべて否認します」と言うんよね。シビれたわ…。そして穂高先生の弁論。まくしたてるわけではなくゆっくりと相手の矛盾を突いていく感じがスカッとしたよね。とらちゃんのナイスアシストもすごい良かった。そして判決、被告人16名はいずれも無罪、検察の言い分は「水中に月影を掬い上げんとするがごとし」…シビれる!こっちも実際の事件をモデルにしていて、同じような顛末だったみたい。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだね。

 

◆涼子さまのお付きのタマちゃん

特定のシーンというわけではないんだけど、タマちゃんいいよね。どういう生まれかわかんないんだけど、まあそんなに裕福な家の生まれではないだろーね。であんみつを食べてその美味さに目を剥くほど驚いたり、涼子様に英語を教えてもらって一生懸命勉強したり…なんか「いだてん」のシマさんを思い出す。タマちゃん多分どっかで涼子様やとらちゃんたちを救うファインプレー的なシーンがあるんじゃないかなって予想します。

 

◆花江と直道の別れ

わりとバカップル的な花江&直道の別れのシーン、すげー泣いちゃった。「大好きよ、直道さん」「オレ、眠れるかな?花江ちゃんが隣にいなくて…」っていう…本当に幸せだったんだな、この2人って思った。2人の息子がそれを見ているのも良いし、そのあと直道が2人に「母さんを頼んだぞ」って言うんよね。戦後の展開からするとそれは2人の幼い心にかなり重い負担をかけていたことが分かるものの、とらちゃんママの機転で心の重みを吐き出すことができて…あの時のはるさんすごく良かったよね…一瞬そんなに孫と寝たいんかはるさんって思ったけど全然違った。吐き出させてやるためだったんだねぇ。直道の口癖が「オレには、わかる」だったんだが、はるさんに吐き出すシーンで直道の長男が「オレにはわかる…とらちゃんに言ったら最後、めんどうなことになる」とか言っててめっちゃ笑ったし口調が父親に似てきてるのほんとカワイイ。

 

◆ナオコトの死ぬシーン

とらちゃんパパのナオコトはほんとにいいキャラで、岡部たかしのなんとも言えないとぼけ感がマジでハマってた。死期が近づき、おまけに優三の戦死の知らせを半年も隠していて、こりゃ暗澹たる展開になりそーだぞ、と思っていたら、素直に謝ったあとに続いてこれまでの人生の小さな罪の暴露大会が始まって笑っちゃった。ユミ(とらちゃんの娘でまだ赤ちゃん)を高い高いしたら鴨居に頭をぶつけたってやつ、うちの旦那もイチコにもニコにもやらかしたからめっちゃ状況わかる、鴨居って微妙に低いんよなww ツイッターだとナオコト許せん派ナオコト大好き派と分かれちゃってたけど、人間なんてそんなもんよな、と思った。誰からも愛される人なんていないしたぶん花江はナオコト許せんと思うけど、とらちゃんやはるさんをずっと愛し続けてくれたことは間違いない。そこはほんと私は大好きだわ。

 

◆よねちゃん「この人は」のシーン

毒入り饅頭事件の検証のために実際に饅頭を作ってみようの会の終わり頃に、泣き言を言う花江によねが怒る。よねはわりとすぐ怒るけどね。このときは元々「こいつら恵まれてる」みたいな感じで反発&バカにしていたとらちゃんたちにもそれぞれ苦労があることを知り、でもまだ心を開けない、みたいなフェーズだったんだけど、このときは「この人(梅子)は、家事や育児をしながら学んでいる!」みたいな感じで初めて理解を示す大事なシーンなんよな。花江からしたら責められてるって感じただろうから気の毒なんだけど、女子部の仲間たちの結束は高まったと思われる。よねちゃんはすごく苦労人でねぇ…優しかった姉が、女であるというだけで親に食い物にされて酷い目に遭い、次は自分も…という局面で髪を切り落とし「私、女やめる」となって以後男装を貫いているという。。それに比べるとやはりとらちゃんなんかは恵まれた家に産まれたと言わざるを得んけど、それでもよねはとらちゃんの重い生理痛とか「ヘラヘラ愛想がいいからなんでも押し付けられる」みたいな苦労に理解を示してくれるんよな。根が優しい子なんよ、よね。

 

◆よねとマスターの関係

よねちゃんシリーズだけど、東京大空襲で逃げるシーン、よねがマスターに「そんなのいいから!早く逃げるよ!」と肩を掴み、でもマスターは「これだけは!これだけは!」と言って何かの書類、たぶん店の権利書的なものを大事に胸に抱いて、そしてよねと共に逃げる。よねとマスターの関係性、なんか尊いよね。マスターは生来そんなにふところの深いタイプじゃないだろうしずっと裏社会に生きてる感じもするけど、よねをほっとけないしちょっと保護者的な立ち位置でいてくれる、ましてや全然恋愛感情ではないってのすごい尊いよね。どういう気持ちなんだろ。なんか「おもしろがってる」が1番近い気がするんだけど、おもしろいだけでそこまでやるかねっていう。

 

◆乱闘シーンでのよねの髪の乱れ

よねちゃんシリーズ3つめ。法廷劇を男子学生に邪魔され罵倒され、よねちゃんがブチギレて「貴様の顔、覚えたからな〜!」と言いながら男子学生に迫る。マインドがビーバップハイスクールなんよ…。で圧倒された男子学生が手を出し、よねちゃんが突き倒される。その時よねちゃんの髪が乱れて、いつも耳にかけてる髪が頬にかかるんだけど、もうそれだけで一気に女の子で驚いちゃった。そりゃ元々女優さんだし男装してても頬が丸くて可愛いのは分かってたんだけど、髪がはらりと頬に落ちるだけで一気に女の子だって思っちゃってびっくりしちゃった。色気ということなのか? でここからはワタシの予想なのだが、いま5/31の段階でよねちゃん消息不明で死亡説も出ているわけだが、私は絶対よねちゃん生きてると思うし、おそらくやむなく売春婦的なことをやってるんじゃないかなと。女をやめたのに、姉と同じく「女」を売って生きなきゃ生きのびられなかったという深い絶望の中に生きている時にとらちゃんと再会するんじゃないかなって予想してる。

 

◆花岡と轟の造形の差

花岡の最初の感じの悪さが感じ悪すぎて、結婚云々の話の段階に至ってもなお好感持てないままになってしまったわ。梅子さんに謝るシーンはでも良かったよね。梅子さんの語り口もすげー良かった。良い面も悪い面も全部あなたなのよ、ってやつ。でもあなたが思う「自分らしい自分」があるなら、それに近づくべく努力したらいいわよ、みたいなやつね。素敵と思った。で轟、最初からもうまだコドモっていうかいかにも明大のバンカラ学生って感じでね。ヒゲもなんか虚勢張ってる感じだし。よねちゃんとおにぎりの早食いで張り合うところもかわいかった。そしてあの名台詞が来るんだけど、女子部の子たちをくさす花岡に対して「愚か者!」つってビンタして「花岡、オレはな、あの人たちを好きになってしまった。あの人たちは漢(おとこ)だ。オレが漢の美徳と思っていた強さ・優しさを、あの人たちは持っている」って言うんよ。てか愚か者ってwwウケたけど轟いい奴だなって思った。苦労してるから、とかそういうんじゃなく、自分の物差しで相手を自分よりも優れていると認めるのはなかなか偉い行い。轟とよねちゃんは朝ドラのセオリーでいくとくっつくと思うけど、虎に翼だとどうかねぇ。ちょっと分からんね。

 

◆ライフワークバランスと善意の上司

同時に司法試験に受かった女性弁護士たちが戦列を離れ「もう私だけなんだ」という重圧のなか妊娠も重なり、体を壊すまで働いてぶっ倒れたとらちゃん。その病床に穂高先生が見舞いに来て「妊娠した以上、君が第一にすべきは子を産み育てること」みたいなことを言うんよね、まったく悪意なく、体を気遣って。でも、女性が法曹界に関わるという道を閉ざさないためにって頑張ってきたとらちゃんにとってはけっこう残酷な意見なんよね。反論するとらちゃんに、また穂高先生は悪意なく「雨垂れ石を穿つ、だよ」と説く。1人が社会を変えることは難しい、少しずつみんなが努力すればきっといつかは社会は変わる、みたいな意味で、素晴らしいと思うし悪意も全く無いんだけど、とらちゃんは心身ともに追い詰められた状態で自分のことで精一杯になっていて、未来なんて知らん、今は「私」の人生の話をしてるんだ、ってブチギレちゃうんよな。女子部に誘ってくれた時から自分がこうなることを見越していたのか、地獄に引きずりこみやがって、みたいなことを言ってしまうんよね。穂高先生は戸惑ってしまい、声を荒げて怒るとらちゃんをなだめようと「そんなに大声を出すとお腹の赤ちゃんが驚いてしまうよ」とトドメのひと言を発するんですよねぇ、これも全く悪意なく。この会話でとらちゃんと穂高先生は断絶状態になってしまう。穂高先生からするととらちゃんは心身ともに頑張りすぎて限界になってしまった、頑張らせすぎてしまった、と見えるし、とらちゃんからすると穂高先生ですら旧体制側の男にすぎなかった、裏切られた、理解し合えない、みたいな絶望感でいっぱいなんよな。どうしようもないディスコミ状態。

なんかとらちゃんの気持ち分かるのは、レベルも状況も全く違うけど、私も1年前に異動した時、前部署から現部署に異動する例が初めてらしくて「後に続く人のために」みたいなことを何人かから言われてちょっとプレッシャー感じたっていう思い出と、あと前部署の上司といま仕事で関わることになって金曜にも少し話してたんだが「あなた頑張りすぎ、ストレスで子どもに当たったりしちゃうでしょお〜」とか「いまは子ども中心でいいんじゃないのかなぁ〜そんなに頑張らなくても〜」とか言われちゃって、違和感しかなくて、えっ子どもに当たってるってなんで決めつける?とか「いまは子ども中心」って、えっそれいつまでって想定で言ってんの?10年くらい?そのあと仕事に本腰入れろってこと??みたいにめっちゃ疑問湧いてきちゃって、とらちゃんの気持ち少し分かる。「そんなに頑張らなくていいんだよ」とかじゃなくて「頑張るならこっちはこの部分で支えるね」みたいに言ってほしいっていうか?なんだろーな、「頑張らなくていい」って言われて喜ぶ人おるんかな?っていう??なんかうまく言えんけど違和感すごいというのはとても分かる。穂高先生ととらちゃんの師弟関係が今後どうなるのかすごい気になる。

 

日本国憲法について

44話でドラマ冒頭第1話のシーンに戻ってくるのだが「新聞で日本国憲法の条文を読み涙する主人公」という場面。何も知らずに1話を見ると、日本初の女性弁護士・裁判官、という前触れもあり、たぶんこの人はめちゃくちゃ苦労して法曹界で戦ってきて、ようやく日本国憲法のこの条文を勝ち取ったという涙なんだろうな、と思っていたのが、実は失意のなか職を辞して家庭に入り、愛する家族を次々に失い、絶望のなか昼間から焼き鳥を肴に酒を飲もうとしたがそれも喉を通らず、金だけ払って店を出たら、気のいい在日韓国人の女主人が新聞に焼き鳥をくるんで持って追いかけてきてくれて「しっかりするんだよ」と励ましてくれて、河原で泣きながら焼き鳥を食べ、ふと焼き鳥がくるんであった新聞を見たらそこに日本国憲法の条文が…というシーンだったんだよ。こんなの考えつくか??で1話を見返してみたら、確かに新聞に焼き鳥のタレがついとるんよ。ビックリしちゃったよ私は。芸こま!!Xで「優三さんが日本国憲法に姿を変えて帰ってきたんだね」という投稿を見て、またビックリしちゃった。そんな見方ができるんか、すごない??このときの優三さんのセリフの「とらちゃん」を「きみ」に、「優未」を「子ども」に変えたのがこちら。

きみができるのは、きみの好きに生きることです。好きな仕事をしてもいい、別の仕事を始めてもいい、子どものいい親でいてもいい。僕の大好きな、あの何かに無我夢中になってるときのきみの顔をして、何かを頑張ってくれること。いや、やっぱり頑張らなくてもいい。きみが後悔せず、心から人生をやり切ってくれること。それが僕の望みです。

これが、日本国憲法の13条の現代語訳だっつーわけ。すごない?!13条はこちら。

十三条 すべて国民は、個人として尊重される。 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

こんなん泣けるわ!優三さんは良い人すぎてちょっと感情移入が難しいんだけど、こうして超人間的な存在になってしまうともはや神々しいというか…優三さんにお守り貸してもらった人の自責の念もなんかかわいそうだったよねぇ…自分がご利益を吸い取ってしまったのではないかってさ…そりゃそう思うよねぇ。

 

◆松ケンが好き

シーンとかじゃなく私の欲望になりますが松ケン、良い。法廷のシーンで裁判官を横から撮るシーンが多くて、松ケンの横顔の良さが遺憾なく発揮されてる。平清盛(大河)の頃とかだと「聞かん気のクソガキ」みたいな感じだったのが「権力になびかない清廉な大人」に格上げされた感じ。良さがあるわー。そして設定が秀逸で、言うことなすこと辛口なのに甘党っていうね、良いよね。甘いものを食べようとするととらちゃんがやってきて邪魔される、というのが良きまる水産だよね〜。今後も出番多そうだから期待。

 

◆米津玄師の歌が深い

そんで最後になりますが主題歌がまた、良きなんよ。米津玄師って本当に天才やなと思うんだけど。歌詞すごいハマってるけど書き下ろしなのか調べたら書き下ろしだし、なんなら虎に翼のことめちゃくちゃ考えて書いてくれてた。←の記事すごく良くて…。

「がんばる君へエールを」という方法だと、逆に女性を神聖視するような形になるんじゃないかと思った。自分の性質上、対象をある種のミューズのように扱う形になりそうな気がしたんですよね。でもそれは、結局“裏返し”でしかない。神聖視するのも卑下するのも根っこは一緒な気がする。

本当これ、そうなんよ。とらちゃんが花岡に「私たちは特別扱いなんて望んでいない!特別だから見下さないでやっている?それがどれだけ傲慢なことか、理解できないの?!」ってブチギレるシーンがあるんだけど、まさにこのことなんよ。「特別扱い」は良くも悪くも「自分とは別」という気持ちが根っこにあるんよ。それは違う、と本能でわかってくれているの、米津玄師すごい。ジェンダーの問題だけじゃないよねきっと、障害とか人種とかそういうところできっと「特別扱い」に苦しんでる人がたくさんおるんよこの世界で。私も無意識にそうしている時があるんだろうなって思わされる。

そんで歌そのものの話、これがもうほんとすごいんよ。ミュージックビデオもなんか、よく分からない世界観ながら、なんか心をとらえて離さないエネルギーがある。歌詞抜粋します。

どこから春が巡り来るのか 知らず知らず大人になった
見上げた先には燕が飛んでいた 気のない顔で

もしもわたしに翼があれば 願う度に悲しみに暮れた
さよなら100年先でまた会いましょう 心配しないで

いつの間にか 花が落ちた 誰かがわたしに嘘をついた
土砂降りでも構わず飛んでいく その力が欲しかった

誰かと恋に落ちて また砕けて やがて離れ離れ
口の中はたと血が滲んで 空に唾を吐く
瞬け羽を広げ 気儘に飛べ どこまでもゆけ
100年先も憶えてるかな 知らねえけれど さよーならまたいつか!

しぐるるやしぐるる町へ歩み入る そこかしこで袖触れる
見上げた先には何も居なかった ああ居なかった

したり顔で 触らないで 背中を殴りつける的外れ
人が宣う地獄の先にこそ わたしは春を見る

誰かを愛したくて でも痛くて いつしか雨霰
繋がれていた縄を握りしめて しかと噛みちぎる
貫け狙い定め 蓋し虎へ どこまでもゆけ
100年先のあなたに会いたい 消え失せるなよ さよーならまたいつか!

今恋に落ちて また砕けて 離れ離れ
口の中はたと血が滲んで 空に唾を吐く
今羽を広げ 気儘に飛べ どこまでもゆけ
生まれた日からわたしでいたんだ 知らなかっただろ
さよーならまたいつか!

部分で引用するつもりがどこもかしこもすごくて、とりあえず全文引用してみた。

「春」「地獄」「空」「羽」みたいなキーワードがすごいよのー。虎に翼を観てたらこれらのワードだけでもグッときてしまう。特に好きなところ抜粋してみる。

瞬け羽を広げ 気儘に飛べ どこまでもゆけ

→気儘に飛べのところでグッときちゃう、この時代の女たちはまず羽が無かったし、とらちゃんみたいに苦労して羽を得たとしても、血を吐きながら飛ぶみたいなことなんよね。気ままに飛ぶなんて想像できなかった時代にとらちゃんたちが血を流してくれたおかげで、今の時代に私たちが、完全にとは言えないけど気ままに飛べるようになった。これはすごいことやなと思った。雨垂れ石を穿つってほんとこういうこと。「いだてん」の人見絹枝あたりの回でも思ったことだけど、女だからという理由でなぜかやってはいけなかったことがかつてたくさんあって、例えば人前で走ること、法律を勉強すること、それらをひとつひとつ女にもできるようにしてきてくれたのはとらちゃんや人見絹枝のような無数のフロンティアだったんよなって。

生まれた日からわたしでいたんだ 知らなかっただろ

→特別でもなんでもなく、みんな生まれた日から「わたし」で、勝手にいろいろ塗りつけてくる人たちがいたとしても、結局はずっと「わたし」なんだっていう。おためごかしや謎の善意で「わたし」を変なフォルダに振り分けないでくれっていう。女だけでなくみんな。いまんとこの最新話である45話で末っ子のナオアキが男だから家のために進学を諦めて働こうとするのをとらちゃんがやめさせるんだけど、そういうこと。

したり顔で 触らないで 背中を殴りつける的外れ

→これがうちの前の上司の言動に感じる違和感のことかなって。まってまって?っていう。mind your own businessっていう。意地悪で言ってるんじゃないって分かってるけど善意だからこそ余計たちがわりーという。ちなみに「善意」って法律用語だと「知らない」って意味になるんだけど、ここでいう「善意」ってまじでどっちの意味でもほんとそれって感じで。「知らないのに良かれと思って」の状態だよね。穂高先生もそうだよ。とらちゃんのことを思うならもっととらちゃんの状況を知って、介入してくれないととらちゃんは救えなかったんよ。

45話を境にまたドラマが展開していくはずなので、また歌詞の捉え方も変わっていくのかもな。深イイ歌やでほんま。

 

 

とりあえず今日のところはこんな感じ、虎に翼、本当に面白い。